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大阪地方裁判所 昭和55年(ヨ)1393号 決定

申請人 牧野覩司雄

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 駒杵素之

被申請人 総評全国金属労働組合 協和精工支部

右代表者支部長 山田嗣司

右訴訟代理人弁護士 上坂明

同 北本修二

同 下村忠利

同 谷野哲夫

同 三上陸

同 沼田悦治

同 水島昇

主文

1  申請人らの申請をいずれも却下する。

2  申請費用は申請人らの負担とする。

理由

第一申請人らの求めた裁判

一  被申請人は申請人らをいずれも被申請人の組合員でないものと仮に取り扱え。

二  被申請人は、申請人牧野覩司雄に対し昭和五四年四月一日以降同五五年三月末日までに徴収した組合費合計三万九九〇四円を、同岩本寿枝路に対し同期間に徴収した組合費合計三万八一九三円をそれぞれ仮に支払え。

三  被申請人は昭和五五年四月以降申請人らから組合費を仮に徴収してはならない。

四  申請費用は被申請人の負担とする。

第二当裁判所の判断

一  申請人らの本件仮処分の申請理由の要旨は、申請人牧野は昭和五四年三月、同岩本は同年四月頃いずれも総評全国金属労働組合協和精工支部(以下、単に「支部」という。)に脱退届を提出し、その頃従来加入していた総評全国金属労働組合(以下、単に「組合」という。)を脱退したにも拘らず、組合及び支部が右脱退を承認しないので、協和精工株式会社(以下、「会社」という。)も支部との間に締結しているチェックオフ協定に基づき毎月の賃金から申請人牧野については三〇四〇円(同岩本については二五五三円の組合費を徴収し、今後とも右徴収を続けるというので、本案判決の確定を待っていては、右両名は回復し難い損害を蒙る、というにあるから、以下検討することとする。

二  労働組合は労働者の自由意思に基づく結合を契機とするものであるから、労働者が当該労働組合を脱退することも自由であり、これを実質的に制約するような組合規約は公序良俗に反し無効というべきである。しかし右脱退の自由は本来結社の自由に由来するものであるから、その脱退がことさら当該労働組合の団結を乱し、使用者に利益を与えるような目的ないし態様でなされる場合は権利の濫用として、その効力を認めるべきでないと解するのが相当である。

三  そこで、これを本件についてみるに、まず疎明資料によれば次の各事実を認めることができる。

1  申請人牧野は昭和五三年八月二一日前記会社に入社、同五三年一〇月二三日会社従業員で組織された前記支部に翌二四日加入、その頃前記組合に加入し、申請人岩本は昭和四二年九月二六日会社に入社、同五三年一〇月二六日頃支部に加入、その頃組合に加入した。

2  申請人牧野は昭和五四年三月一三日支部の組合運動方針に賛同しかねるとの理由で、同岩本は同年四月二〇日一身上の都合を理由にそれぞれ組合を脱退する旨記載した書面を支部宛に提出した。

右各脱退届はその後組合大阪地方本部(以下、「地本」という。)に提出されたが、地本は、右脱退理由にいずれも相当性がない、支部が右脱退に承認を与えていない、背後に会社の不当労働行為(右脱退の勧誘―支部への支配介入)があることを理由に、これを中央執行委員長宛に提出しなかった。

3  組合規約及び支部規約によれば、組合員が組合から脱退しようとするときは、理由を脱退届に明記し、これを支部、地本を経て中央執行委員長に申出、中央執行委員会の承認を得なければならないが、支部は中央執行委員会の右承認権限の委任を受け、これを代行するとされている。しかし、会社では支部結成後事前協議約款の無視等の行為があったことから、組合は実際には、脱退理由が相当であって、その背後に不当労働行為の存在やその疑いの場合でないと、組合からの脱退を認めてこなかった。

4  ところで、会社には昭和五四年一月頃から組合掲示板の撤回を申し入れてこれを一日間撤去させたり、事前協議同意約款無視という協約違反をたびたび行うようになったが、この頃から申請人牧野は支部集会に出席しなくなったり、会社は利益があがっていないのであるからこのまま要求を続けていけば、会社はつぶれる、団体交渉での言葉遣いが悪い、執行部はいい過ぎだ等というようになり、その言動に組合離れの傾向が表われ、更にその頃支部執行部が牧野の身辺調査をしていると事実無根の流言を第三者をしていわせるような言動をした。

5  支部春闘要求の日であった同年三月一三日、申請人牧野は社屋にいながら、委任状を出したのみで右大会に出席せず、翌一三日前記のとおり脱退届を提出したのであるが、右脱退について未だ支部の承認も得られていない(支部が右承認をしないのが妥当か否かは問題であるが)同月一五日会社の複写機を使ってしかも非組合員をして複写させた右脱退届の写しを会社に提出した。そしてこれに対する支部執行部の釈明要求にも何ら実質的な釈明をなさず、また脱退理由についての釈明要求に対しては、団交回数が多くその時間も長いので仕事にさしつかえるから、団交は支部三役でやればよいのに、上部団体の役員がこれに立会う、団交での言葉遣いが悪いことをあげ、更に執行部の信任投票や今後団交の場には上部団体の役員を立会わせないことを会社と約束せよ等と要求する有様であったが、とにかく右脱退は一応思い止まるということであった。しかし同月一八日申請人牧野は支部執行部に対し、右脱退の撤回についてはもう一週間考えさせて欲しい旨を電話連絡してきたが、一週間経過後も何の連絡もなく、支部の活動にも参加しない状態が続いたので、同年四月二日支部執行部は再度申請人牧野と話し合ったところ、同人は、組合脱退は個人の自由である、今後は会社側に立つ、と言明し、右会合は物別れとなった。

6  このようにして、その当否はさておき支部が申請人牧野の組合脱退を承認しないまま当年の春闘要求に入ったのであるが、申請人牧野は、春闘要求のためのハチマキを着用せず、残業拒否闘争中も残業をする、同年四月一一日の統一行動半日ストライキにも就労するというように右春闘行動に悉く反する行動をとった。

7  同年四月二四日申請人牧野は支部と会社との間の前記チェックオフ協定を無視して会社に対し、自己のチェックオフ停止を求めたところ、会社はこれを認め、春闘の賃上げ要求に関する組合員名簿から同人の名前を削除し、これは支部の抗議によって再記入したが、会社は同人については四月分の給料から組合費を徴収せず、かつ右ストライキ中の賃金を保障し、その他控除の対象となる早退についても、その賃金を保障した。

8  そこで同月二八日支部は、団交の席で右会社の申請人牧野に対する処置が不当労働行為に当ると抗議したが、同人は右抗議中も社長室に待機し、団交の場に架電してくるという態度をとった。

9  同年五月九日支部は申請人牧野を、組合員としての行動に問題があったとして戒告処分にしたが、同人の態度は変らなかった。そこで、同月二二日支部は再度同人と話し合った結果、同人は従来の反組合活動、組合離れの態度を謝罪するとともに今後組合員とともに組合活動をするのに一定の時間が欲しいと猶予方を求めたが、夏季一時金闘争に入っても、その態度は変らず、同人は右闘争中は会社を休むという態度を示した。

10  一方申請人岩本は、前記のとおり同年四月二〇日頃脱退届を支部に出したが、その後も夏季一時金闘争の準備である職場討論に参加し、また右要求大会にも委任状を提出し、その他支部集会にも参加し、組合員として行動した。

11  ところが同年八月九日申請人両名及び組合員田中茂男の三名は、連名で組合脱退申入書を支部宛に提出するに至ったが、支部がこれを承認しなかったところ、申請人岩本は同年一二月前記脱退を認めよ、認めないのなら法廷闘争も辞さない旨の文書を支部宛に提出した。その後申請人両名は支部活動はもちろん支部との話し合いにも一切応じようとせず、このような状態が継続していた昭和五五年四月本件仮処分申請がなされた。

四  以上によれば、組合員の組合からの脱退を、組合の承認にかからしめている組合規約及び支部規約はこの点において公序良俗に反し無効といわざるをえないから、申請人両名がそれぞれ支部へ提出した脱退届が地本で保留され中央執行委員長へ届かなかったからといって、これを脱退手続が未だ履践されていないとして無効ということはできず、従って右各脱退の意思表示は、一応有効なものとして右各脱退届が地本を経て中央執行委員長へ届くのに要するに相当な期間の経過した時に、組合に到達したものとみるのが相当であろう。

しかしながら、申請人牧野の脱退は、前記三の4ないし9及び11で認定した各事実を総合すれば、もっぱら支部の団結を乱し会社に利益を与えるような目的ないし態様をもってなされたとみられても仕方のないものであることが認められるから、権利の濫用として無効というべきであり、また申請人岩本のそれについては、前記三の10で認定した事実から明らかなように、一度なした前記脱退の意思表示を後に撤回したものとみるのが相当である。

五  そうすれば、申請人らの本件仮処分申請はいずれも被保全権利の疎明を欠くことに帰するので、これを失当として却下することとし、申請費用の負担につき民訴法、八九条、九三条を各適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 最上侃二)

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